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アメリカで5年間無職でも現金支給の実験 人びとの欲求は満たされるか?

アメリカ・カリフォルニア州拠点のベンチャーキャピタル「Y Combinator」が、同州のオークランドで「ベーシックインカム」の試験的な調査を開始する。

5年間、無条件でベーシックインカムを支払い

ベーシックインカムとは、主に政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を「無条件」で定期的に支給するという構想のこと。

調査は、ベーシックインカムが人びとの幸福度、充足度、経済的健康にもたらす影響、また人びとがどのように時間を使うようになるのかを追跡することを目的としている。

調査中、ベーシックインカム(金額は非公表)は無条件で支払われ、被験者はボランティアや仕事に就いたり、あるいははたらかないことも選択可能。他国への引っ越しも許される。

同社は5年間の長期調査に向け、まずは短期で実施し、

  • どのようにベーシックインカムを支給するか
  • 欲しいデータをどうやって集めるか
  • どのように被験者を選定していくか

などの方針、メソッドをブラッシュアップし、確立させていく。

オークランドが試験場所に選ばれた理由は、Y Combinatorの拠点に近いことに加え、富裕層が多い一方で経済的に貧しい人も多く住む、社会的、経済的に多様な街であることが挙げられた。

本調査のResearch Directorは、Elizabeth Rhodes(エリザベス・ローズ)氏が務める。ミシガン大学でケニア・ナイロビのスラム街の健康と教育の研究に従事し、社会事業と政治学のPhDを取得した人物だ。

Research Directorの職には、彼女の他に、オックスフォード大学、コロンビア大学、ハーバード大学の終身在職権をもつ教授を含む1000名以上が応募していた。

50年後の生活をシミュレーション  貧困撲滅への思いも

Y Combinatorはテクノロジー分野のスタートアップに投資し、育成してきた実績で知られるが、なぜ同社がベーシックインカムの調査に乗り出したのかーー。同社のブログには、こう書かれている。

「テクノロジーが発達するにつれ、従来の職が消え、新たな富が形成されるようになれば、国家政策としてベーシックインカムのようなコンセプトが具体化していくと確信している。そうなるとすれば、今の段階で以下のような疑問が浮かぶ。

ベーシックインカムを手にしたとき、人はビデオゲームなどをして怠けてしまうのだろうか。それともなにか新しいことを始めるだろうか。幸せで、充足感を感じられるのだろうか。人は生活費を稼がなくてはいけないというおそれから解放されると、より良い仕事を成し遂げ、社会への貢献度も増すのだろうか。ベーシックインカムの享受者はもらう以上の経済的価値を還元してくれるのだろうかーー?

今から50年も経てば、『食べることができなくなるから』とやりたくもない仕事をしていたことは愚かだったと思われているようになるだろう」

また同社は、イノベーションによって充足感のある人生を送るために必要なコストが引き下げられるなか、ベーシックインカムのような概念が具現化されることによって、貧困撲滅の具体的な進展を見ることができるのではないかとも期待しているという。

ベーシックインカムが導入されると社会はどう変わる?

先日、スイスでは国民投票でベーシックインカムの導入が否決されたが、Y Combinatorはこのシステムがうまく機能するかもしれないと考えている。

その主な根拠は、テクノロジーの進展が潤沢な資金を生み出すこと。現時点ではベーシックインカムの供給が難しく感じられても、テクノロジーが発達すれば今存在する仕事は機械に置き換えられ、生活するための資金は劇的に減るはずだという。

そうして、ベーシックインカムが経済的な地盤を固め、人びとがはたらく量も稼ぎたい金額も自由に決められるようになること、さらに教育のレベルアップや、人びとがより良い仕事を見つける、もしくは作り出し、将来の計画を立てやすくなることを望んでいる。

以前、『Catalyst』で取材した「技術的失業」が専門の駒沢大学経済学部の井上智洋氏も、ベーシックインカムの導入に賛成する一人。同氏はベーシックインカムが導入された後の社会像について、次のように語っていた。

「私は『二極化』していくのではないかと思います。ある人は、自分の承認欲求を満たすために富を求めることを考える。またある人は、生活するための最低限のお金があればよいと考え、自分の好きなことにより時間を使うようになるでしょう。

仮に、人びとが承認欲求をそこまで重視しない世界になれば、過去の暮らしに回帰していくのかもしれませんね。できた余暇にスポーツに興ずるようになるなど。

ちなみに、江戸時代は経済発展や領土拡大といった面で特筆した動きは見られませんでしたが、例えば、和算家の関孝和が線形代数の分野で世界的な発見をしていたり、井原西鶴が等身大の人間を主人公にした近代的とも言える小説を書いていたりして、文化の面では決して停滞していたわけではありません。

現代の人びとは自分の一生の時間の多くを『はたらく』ことに費やしていますが、この時間が大幅に削減されたときには、はたらくことの意味も変わっていくのでしょうね。きっとそのときに大事になっていくのは、やはり『自分は何をやりたいか』になっていくのでしょう」

Y Combinatorは、より良い調査のメソッドを確立するために、特にオークランド地域で協力してくれる人を募っている。オークランド市の役員や地域団体にもフィードバックを要請しており、またより人びとを巻き込んでいくためにイベントの開催も予定している。

オークランドという「実験室」で行われる、50年後を見据えた本調査はこれから要注目だ。

ベーシックインカムが導入されると、私たちの生活はどう変わる? 経済学者、井上智洋氏のインタビュー記事はこちら

価値観を変えるシゲキメディア

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